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日本のあちこちを旅しています。

高野山の旅(8)苅萱堂

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苅萱堂は、石童丸物語の哀しい話で知られる刈萱道心と石童丸ゆかりのお堂です。

 

 

加藤左衛門尉繁氏は、妻と妾の醜い嫉妬心(上辺は親し気に振る舞いながら髪の毛が蛇と化して絡み合う様子)を見て世の無常を感じ、領地と家族を捨てて出家し、寂昭坊等阿法師、苅萱道心(かるかやどうしん)と号して、源空上人(法然)のもとで修行し、高野山に登った。

 


その息子である石童丸は、母とともに父親探しの旅にでる。旅の途中に出会った僧侶から父親らしい僧が高野山に居ると聞く。高野山は女人禁制 母を麓の宿において一人で山に登り、偶然父親である等阿法師に出会うが、父親である等阿法師ははるばる尋ねてきた息子に、棄恩入無為の誓のために、自分があなたの父親ですと名乗ることはせずに、あなたが尋ねる人はすでに死んだのですと偽りを言い、実の父親に会いながらそれと知らずに戻った。石童丸が高野山から戻ると母親は長旅の疲れが原因ですでに他界していた。

 

 

頼る身内を失った石童丸はふたたび高野山に登り、父親である等阿法師の弟子となり、互いに親子の名乗りをすることなく仏に仕えたという哀話。(Wikipediaより)

 

 

拝観は無料で、本堂内に飾られた石童丸物語の絵物語を見ながら拝観していきます。

お堂も、絵も大変素晴らしいのですが・・・

出口付近で、いきなりお線香を勧められます。

二人のお坊さんに、買わなきゃ損だよ〜みたいな雰囲気で・・・

その時、観光客は私一人だけ。

はっきりと断って出てきましたが、その後に二人のお坊さんの笑い声がしました。

神聖な高野山の中でもここだけは、商魂たくましい感じがして不快でした(..;)

このことは、他の方も、ブログや旅行サイトでも書かれているので、誰に対しても

同じ態度なのだと思います。

 

2016.11.25撮影

 

 

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高野山の旅(7)女人堂〜徳川家霊台〜熊谷寺

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10月の高野山団体ツアーから約一ヶ月後、再び高野山へ行ってきました。

 

 

 

駅からバスに乗り、最初に降りたのが、女人堂

 

 

女人禁制だった時代、高野山の入口に建てられたお堂です。

 

 

ここから歩いて徳川家霊台

 

 

1643年(寛永20年)に徳川3代将軍・家光によって建てられた霊舎です。

 

向かって左側に徳川秀忠、右側に徳川家康が祀られています。

 

 

徳川秀忠霊屋

 

徳川家康霊屋

 

こうして見てみると、同じように見えますね(^^ゞ

 

そして、今回の宿坊の熊谷寺へ。

 

熊谷寺の名前の由来である熊谷直実、その師の法然上人等が逗留され、平敦盛並びに源平総死者供養を行ったお寺です。

 

 

奥之院に近いところに位置しています。

 

円光堂

 

円光堂の本尊は法然上人。
手前の石像は熊谷次郎直実(熊谷蓮生)です。

 

 

不動明王も祀られています。

 

 

正面玄関には不動明王と八大童子様がお迎えをしてくれます。

 

 

部屋には、こたつが用意されていました😄

 

 

2016.11.25撮影

 

 

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高野山の旅(6)東根院・赤松院

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続いて、奥之院に近い東根院・赤松院へ。

 

 

赤松院は、平安中期の創立で山本坊といわれていました。
その後、赤松家一族の菩提所となり、江戸期には細川、有馬家の菩提所となりました。

 

 

東根院は、 山形の西村山(現東根市)の大名里見氏の建立です。
 

 

仁王門

 

 

 

 

赤松院の見どころは、うぐいす張りの廊下と、上段の間の左甚五郎の名作・木彫りの虎です。

 

 

 

 東根院は山形県の宿坊となっており、御本尊は大日如来です。

 

 

12年に一度の申年守り本尊 “大日如来” の特別御開帳がありました。

 

 

2016.10.30撮影

 

 

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高野山の旅(5)金剛峰寺

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壇上伽藍から金剛峰寺へ。

 

 

もう数日したら、この参道も紅葉していたのでしょう。

 

 

 

正門

 

金剛峯寺前駐車場より境内に入って来るとき、最初にくぐられる門を正門といい、金剛峯寺の建物の中で一番古く、文禄2年(1593年)に再建されて以来、今日まで建っています。
右の方にあるくぐり戸は、一般の僧侶がもっぱら使用しています。昔はこの門を正面から出入りできるのは天皇・皇族、高野山の重職だけでした。
 

 

 

天水桶

 

金剛峯寺の屋根は檜の皮を何枚も重ねた檜皮葺になっており、その屋根の上に、天水桶が置かれています。
これは普段から雨水を溜めておき、火災が発生したときに、火の粉が飛んで屋根が燃えあがらないように桶の水をまいて湿らし、少しでも類焼を食い止める役割を果たしました。

 

大玄関

 

金剛峯寺の表玄関にあたるところです。

この門も、正門と同じく天皇・皇族や高野山重職だけが出入りされました。
 

鐘楼


金剛峯寺の前身である青巌寺の鐘楼。

万延元年(1860年)に大火で類焼後、大主殿などの建物と共に鐘楼も元治元年(1864年)に再建されたものと考えられます。

 

経蔵


延宝7年(1679年)3月、大阪天満の伊川屋から釈迦三尊と併せて寄進されたものです。

経蔵は重要なものを収蔵するところなので、火災が発生しても安全なように主殿とは別に建てられました。

 

 

内部は、撮影OKなところと、豪華な襖絵の部屋や豊臣秀次が自害した柳の間など撮影NGなところがあります。

 

 

 

 

枯山水の庭

 

 

新別殿

 

この間で、お茶とお菓子の接待があります。

 

蟠龍庭

 

2,340平方メートルの石庭は、国内で最大級を誇っています。

 

 

 

 

台所

 

江戸期以降、実際に大勢の僧侶の食事を賄ってきた場所で、柱や梁も煤で真っ黒になっています。
水飲み場は湧き水を高野槇の水槽に溜め、大きな「かまど」は現在も使われます。炭をおこす場所には防火対策として大きな煙突が配置されています。

 

 

天井からつり下ろした台には食物が保存されていました。天井からつることで風通しをよくし、さらに紙を垂らすことによってネズミの侵入を防いでいました。

 

 

一つの釜で約七斗(98キログラム)のご飯を炊くことができる大釜が三基並んでいます。

 

 

金剛峰寺公式サイト参照

 

2016.10.30撮影

 

 

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高野山の旅(4)壇上伽藍

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二日目の旅は、壇上伽藍からスタート!

 

中門

 

高野山のシンボルと言われる根本大塔

 

金堂

 

弘法大師がお住まいになったとされる御影堂

 

愛染堂

 

孔雀堂

 

三昧堂

 

准胝堂

 

西塔

 

大会堂

 

大塔の鐘(高野四郎)

 

東塔

 

不動堂

 

蓮池

 

御社

 

鐘楼

 

握り手をもって六角経堂を一回りさせれば一切経を読通した功徳が得られるという六角経蔵

 

 

三鈷の松

 

三葉の松があり、参詣者の縁起物として大切にされています。

 

 

蛇腹道

 

2016.10.30撮影

 

 

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高野山の旅(2)奥之院

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さて、高野山駅から最初に向かったのが、奥之院

 

 

しかし、ここで期待していた一の橋からの戦国武将のお墓がスキップされ、

中の橋からの企業のお墓の見学のスタートになるとは・・・(@_@;)

事前にツアーデスクに尋ねた時には、そんなことは言っていなかったのに・・・

 

 

こうして、私にはまったく興味のないお墓を見ながら、どうでもいい説明をされながら

案内人の後をついていくことになりましたorz

 

福助足袋

 

ヤクルト

 

愛犬の碑

 

日産自動車

 

ucc

 

加賀前田家

 

利長夫人

 

安芸浅野家

 

上杉家も信州真田家も崇源院も見ず、豊臣家の墓所の参道をちらっと見ただけ。

 

織田信長も見なかったな〜

 

 

通路を少しでも横に入ることも許されず、初日の観光はここだけで終了しました(-_-;)

 

 

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東寺の小子房 秋の特別公開(2)

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建物の中は、撮影禁止なので、小子房の外観や庭園を撮った画像をアップします。

 

 

ここから中に入ります。

 

 

奥には、国宝の蓮華門が見えます。

 

蓮華門

 

 

庭園は、小川治兵衛の作。
 

 

 

中では、「堂本印象画伯障壁画」が公開されています。

 

「牡丹の間」「瓜の間」「枇杷の間」「鷹の間」「雛鶏の間」は水墨画、「勅使の間」には極彩色の「渓流に鶴」「日輪山嶽図」が描かれています。

 

 

 

勅使門

 

 

 

 

 

初めて拝観した小子房、隅々まで見ごたえがありました。

 

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東寺の小子房 秋の特別公開(1)

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今年の9月、東寺小子房の「秋期特別公開」に行って来ました。

 

 

小子房は、天皇をお迎えする特別なところで、普段は非公開になっています。

 

 

南北朝時代、足利尊氏が光厳上皇を奉じて都に入った折り、洛中の戦いが治まるまでの間、上皇は小子房を御所としました。

 

現在の小子房は、昭和9年の再建です。

 

 

勅使門

 

檜皮葺の唐門で、扉の透かし彫りが見事です。

 

 

 

菊の御紋が見えますね。

 

 

 

入場はここからです。

 

 

 

 

 

 

庭には大きな銀杏の木があり、珍しいことに、ハゼと合体しているのですって!

 

 

 

 

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聖護院 秋の特別公開

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聖護院は、静恵法親王(後白河天皇の子)が宮門跡として入寺して以降、 代々法親王が入寺する門跡寺院。

 

 

江戸時代後期には2度仮皇居となるなど、皇室と深い関わりを持ち、現在も「聖護院旧仮皇居」として国の史跡に指定されています。

 

 

秋の特別公開では、障壁画130面や本尊の不動明王など貴重な文化財が公開されています。

 

 

宸殿には狩野山楽の子・狩野永納と、狩野探幽の養子・狩野益信による金碧障壁画130面が納められ、緑青や朱を使ったものから、墨を主として描いた落ち着きのあるものまで、幅広く描かれています。

 

 

聖護院は、明治の廃仏毀釈の際に廃寺となった末寺から預かった不動明王像を多く持ち、重要文化財の本尊は智証大師圓珍作とされ、創建された当時のまま、4度に渡る火災でも失われることなく今日に至るといいます。

 

 

書院は、後水尾天皇が女院のために建てたもので、延宝4年(1676)に聖護院が現在地へ移転したときに、御所から移築されたと伝わっています。恋文を表す折文の形を使った釘隠しなど細かなところに女性らしさを感じる工夫がなされています。

 

 

12月18日まで公開中。

 

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三河のあじさい寺 本光寺(3)深溝松平家 東廟所

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東廟所へと向かいます。

 

東廟所の入り口

 

 

東廟所の門

 

 

島原藩に転封となって以降の当主の墓所(11代除く)が置かれています。
1945年(昭和20年)の三河地震により土塀が崩れており、その修復費用に充てるために東廟所を拝観するには100円の拝観料が必要となっています。

 

 

 

7代・松平忠雄の墓が2008年(平成20年)の豪雨により崩壊している可能性があったため、2009年に補修の検討のために学術調査が行われたところ、西洋伝来のガラス製グラス、慶長小判などの副葬品が大量に発見されたそうです。

 

7代・松平忠雄の墓

 

2016.6.11

 

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